めぐるのある暮らし 暮らしのシーンから
娘のこれからの人生とリンクしてゆく「めぐる」の時間
この春に初めての娘を迎えました。
小さな身体を抱きしめて、授乳やおむつがえなどのお世話を夢中でする毎日。頼りない命を前にすると、彼女が生きるためにあらゆる手助けを親がしてあげないといけないように思えてきますが、娘にとってはそんなことはお構いなし。ある日突然ニコッと笑い、寝返りをうち、小さな手でものをつかみ口にはこんだりと、自分の力でひとつひとつのことが出来るように成長をしています。
その様子を眺めていると、こどもには元から体や心の動き、感覚器官の発達など、自分の中にしっかり育つ力が備わっていることを実感します。となれば、親がこどもにしてあげられるのは、その力を十分に発揮しまっすぐに伸ばしていけるように、まわりの環境を整えてあげることだけなのかもしれないなと思うようになりました。
娘が毎日しっかりと生き100日が経ったとき、我が家に「めぐる」がやってきました。3つ組の漆器で、大きいのは父、中くらいのは母、小さいのは娘用。拭き漆の漆器は、招き入れたその日から気品あふれる姿を残しながらもほかの食器と馴染むようにそこに存在してくれて、「日月」の丸みを帯びた形は、触り心地がよく小さな娘にも優しく寄り添ってくれるような温かさを感じました。
両家の両親も招待し、赤飯や鯛や刺身など、お祝いの食卓を用意してまで行いたかったのは「めぐる」を使ったお食い初め。これから食べ物に困ることがありませんように、長生きしますように、丈夫な歯が生えますように、とお願いしながら娘にご飯を食べさせる真似を年長者から順番に行い、それが済んだら大人たちは美味しい料理に舌鼓。楽しくお話をしながら忘れられない大切な一日を過ごしました。
この日のために「めぐる」を我が家に招き入れた理由は2つあります。
ひとつは、生まれて初めて食べ物を口に運ぶ娘に、人の手と心がこもった器を使いたかったこと。日常的にそうしたものに触れて生活をする中で、ものには心があるという価値感が娘の無意識の中に少しずつ積み重ねられていくといいなとささやかに願っています。
もうひとつは、これからはじまる娘の人生に、第二の時間軸をプレゼントしてあげたかったということ。まだ自分の力で食事を出来ない娘も、いずれ自分で器を持って食べたいものを食べたいだけ口にするようになるはずです。日々食事をして、娘が15歳になるころには、漆器の色が薄くなったり、一部が剥げてきたりするそうです。それが漆を塗り直すタイミング。この15年という時間がとてもよくしたもので、ちょうど漆の木が成長して樹液を取れるようになるまでの時間と一致するのだといいます。
そして、漆を塗り直しながら漆器を使い続けて娘が100歳になった時、今度は漆器そのものの寿命が近付いてくるそうです。驚くことに、この100年という時間は、漆器の木地を採る木が成長する速度と合うのだといいます。ということは、生まれたばかりの頃から漆器を使い始めれば、娘は自分の成長と自然のサイクルをリンクさせながら人生を送ることが出来るのだということです。
3人家族になった私たち。特別な日も特別ではない日も、どんな料理にも映える大きな包容力をもった漆器「めぐる」のある食卓を毎日囲み、何気なくも愛おしい日々を紡いでいきたいと思います。
東京都 鈴木純さん(植物観察家)・鈴木千尋さん(料理人/アトリエこと)