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【イベントレポート】「人が関わるからこそ、豊かな自然もある」—米と、漆と、熊?耕作放棄地を漆林に変える「三方良し」の試みとは?

2026年2月8日読み物 


昨年12月に開催しました「米と、漆と、熊? ―会津の農家と話そう、これからの里山―」(主催:猪苗代漆林計画)のイベントレポートが出来上がりました。
記事執筆は、ライター・編集者のミヤタハルカさんです。当日の話のポイントを分かりやすくおまとめいただきましたので、ご覧いただけましたら幸いです。

なお、この会の続編(スピンオフ)イベントの開催が3月5日に決定しました。今回はオンラインで参加しやすくなっておりますので、是非チェックいただければ幸いです。
「ウルシ林が耕作放棄地を変えてゆく〜農家・土屋勇輝の目線から〜」(米と、漆と、熊?Ⅱ)


「人が関わるからこそ、豊かな自然もある」—米と、漆と、熊?耕作放棄地を漆林に変える「三方良し」の試みとは?
執筆:ミヤタハルカ)

「人が関わるからこそ、豊かな自然もある」—米と、漆と、熊、耕作放棄地を漆林に変える「三方良し」の試みとは?

国産漆はわずか数%。耕作放棄地は増え続け、熊が人里に降りてくる。一見バラバラに見えるこれらの課題を、漆器を使うことで同時に支えるプロジェクトが福島・会津で始まっています。
2025年12月13日、東京・池尻大橋で開催された食事付きトークイベント「米と、漆と、熊? ―会津の農家と話そう、これからの里山―」。猪苗代漆林計画(いなわしろ うるしりん けいかく)が主催したこのイベントに、食、漆、地域など多様な入口から人々が集まりました。
この記事では、国産漆が直面する危機の実態、会津の歴史と漆の関係、そして耕作放棄地を漆林に変える「三方良し」の仕組みについてお届けします。「自分も何かできそう」——そんなヒントが見つかるかもしれません。


イベント概要

イベント名:「米と、漆と、熊? ―会津の農家と話そう、これからの里山―」
日時:2025年12月13日(土)15:00〜17:30
会場:グラム・デザイン/モネリコ(東京都目黒区池尻大橋)
主催:猪苗代漆林計画
共催:私の森.jp
参加者数:15名(満員御礼)
※土屋勇輝さん(米農家)は、当日急な体調不良により欠席となりました。


登壇者プロフィール

貝沼航(かいぬま・わたる)
漆とロック株式会社代表。1980年、福島市生まれ。20代で会津漆器の工房を訪れ、職人の「ロックな魂」に心惹かれる。"つなぐ・伝える・生み出す"を役割として、漆器ブランド「めぐる」「めぶく」を立ち上げ、産地の職人たちと連携して事業を展開。農業×工芸という新しいかたちで漆の木の植栽を進める「猪苗代漆林計画」に取り組む。

猪苗代漆林計画 漆とロック 貝沼航

赤池円(あかいけ・まどか)さん:ゲスト
有限会社グラム・デザイン代表取締役、私の森.jp編集長、一般社団法人ハヤチネンダ理事。東京都国分寺生まれ、横浜育ち。1998年にグラム・デザインを設立し、環境・森林・地域・教育分野のウェブサイトを手掛ける。岩手・遠野で「いのちを還す森」埋葬プロジェクトにも取り組む。

グラムデザイン 私の森 ハヤチネンダ 赤池円

国産漆はわずか数%

「今、国産漆の割合は何%だと思いますか?」
貝沼さんが参加者に問いかけます。事前アンケートでは「25%」という回答が多かったこの問い。正解は「5%前後」でした。会場にどよめきが広がります。

意外なことに、この自給率は近年「上がっている時期もあった」といいます。しかし、それは必ずしも良い上がり方ではありません。
「国産漆の使用量が増えた以上に、使用量の9割を占める中国からの輸入漆が減少したんです。その後、輸入量は持ち直しましたが、中国でも職人の高齢化が進み、値上がりも続いています」

2015年、文化庁から「国宝・重要文化財に国産漆を使う」という通知が出され、需要が一気に上昇しました。しかし実際に起きているのは産地での漆の木の取り合い。国内でわずかに残っていた漆の木を全部取り尽くしてしまうかもしれない——一度漆を掻き終えた木から、次の木を育てるには15年かかります。
そして前述の通り輸入される漆が今後も安定的に入ってくるかは未知数。

「10年後、20年後を見据えると、素材の問題をきちんと考えていかないと漆器自体がつくれなくなるのではないか——だからこそ、今こそ漆の木を育てていかなくてはならないのです」

漆の国内生産量・輸入量・自給率の推移:過去20年(2005年〜2023年)

かつて百万本の漆があった「漆の国」会津

会津はもともと「漆の国」でした。江戸時代にはおおよそ百万本の漆の木があり、藩が管理し、年貢として納められていました。
意外なことに、会津藩の稼ぎ頭は「米」や「漆器」ではなく「木蝋(もくろう)」——漆の実から抽出した和ろうそくでした。戊辰戦争の風刺画では、ろうそく柄の浴衣姿が会津藩に見立てられたほど、漆と会津は深く結びついていたのです。

では、百万本あった漆の木はどこへ消えたのでしょうか。
主に戦後、ろうそくの需要減少と共に漆の木はあまり育てられなくなり、より儲かる林業に植え替えが進みました。杉や檜などはもちろん、特に奥会津では、漆が桐(桐ダンスなどに使われる)に切り替わったことが大きいそうです。今、奥会津でよく見られる桐の木の群生地——その場所はかつては漆林だったことが多いそうです。

漆掻き職人の平井岳さんと共に2年間、漆の採取を経験したことのある貝沼さんは、こう振り返ります。
「昔は百万本あった会津でさえ、今は自由に採取できるような漆の木はほとんどなく、結局山中に放置されて大きくなったようなものしか残っていない。平井さんが山をドライブしながら漆の木を探しに行くと、クルミと見間違えて空振りを繰り返す。ようやく見つけても、法務局で土地を調べ、地主と交渉——合意が得られて、やっと漆を掻くことができる」
準備期間だけでもそんな大変な苦労をしないと“自分たちの漆”を確保することができない。それが現実なんです。

百万本あった漆の木はどこへ消えたのか

山にしか残っていない漆。熊の被害も

自由に採取できるものは山中にしか残っていない漆の木に、ここ数年、新たな脅威が現れています。
「朝行くと熊に皮を剥がされていて、これ以上かくことができない——これからは、熊の害も考えないといけない時代になりました。」

熊に傷つけられた漆の木 ウルシ

貝沼さんが映した熊に傷つけられた漆の木の画像。縦に入っている線が熊の爪痕。(写真提供:滝澤徹也さん)

その後で、会場では平井さんの漆掻き映像が上映されました。高いところに登り、傷を付け、じわっと樹液を採る丁寧な作業。傷は逆三角形に伸び、4〜5日に1回の間隔で慣らしながら採取します。
参加者たちは食い入るように映像を見つめていました。


耕作放棄地に漆を植える——三方良しの仕組み

ここで登場するのが、猪苗代漆林計画(いなわしろ うるしりん けいかく)の独自の強みです。
メンバーは、漆かき職人・平井岳さん、米農家・土屋勇輝さん、自然学校・和田祐樹さん、そして漆器を届ける貝沼さんの4名。土地を持つところから漆を使うところまで、すべてをつなげられる多様な人材がそろっています。

土屋さんの集落では、上の世代が60代で、その間の世代がいません。やめる農家さんから土屋さんのところに田畑が集まりますが、その中には山際の条件の悪い耕作放棄地も含まれます。

何も植えていないけれど、手間と燃料をかけて草刈りだけをする場所に漆を植える。土屋さんには草刈りの作業に漆という目的ができ、ただの耕作放棄地ではなくなる。平井さんにとっては、自分が将来採取する漆を育てる15年を共にしてくれる心強いパートナーができ、農家さんの持つトラクターで作業していただくことで、手作業の10分の1の時間で草刈りができる。

そして、貝沼さんにとっては、そういった素材から守り育てる長い年月を内包した漆器ブランドを、その物語と共にお客様に届けることができる。
農家・漆職人・使い手、まさに三方良しの仕組みです。

猪苗代漆林計画メンバー

100年後は森に還る場所へ

もう一つ、猪苗代漆林計画が見据えているのは、100年後、200年後という時間軸です。
「耕作放棄地をずっと人間が管理していくのがいいのか、ということも考えています」
江戸時代以降、人口増加で自然の土地を田畑にしてきました。しかし人口減少社会では、人間が使った土地をどう自然に戻していくかが重要になります。いきなり放置すると問題が起こるので、その間として漆林をつくる。

「私たちが生きている間は漆林として管理するけど、100年後は自然に山に還る場所に——お互いハレーションを残さない自然への還し方を見据えています」
集落は電気柵で守られ、漆畑はその山と柵の間にあります。つまり、山と田畑の間に漆林という緩衝地帯ができるのです。

猪苗代漆林計画 植栽地イラスト

猪苗代漆林計画の漆植栽地。山ぎわの耕作放棄地でも特に自然動物との緩衝地帯になりやすい場所に植えている。


遠野の「いのちを還す森」との響き合い

モデレーターの赤池さんからは、岩手・遠野で取り組む「いのちを還す森」埋葬プロジェクトの紹介がありました。
参加者は生前から森の手入れや集いに加わり、いつか自分が還る場所の風景を育てる——墓石は置かず、森全体をお墓とする埋葬プロジェクトです。
人間が開拓した土地を森に還していくことと、森に還りたい人たちに、森とつながる機会を提供し続けること——どちらも、人間と自然の関係を再構築する選択です。
猪苗代漆林計画の「100年後は森に還る」というビジョンと、ハヤチネンダの「いのちを森に還す」風景が響き合った瞬間でした。


熊と人間——「関わるからこそ豊かな自然もある」

赤池さんは、これまでに野生の熊と「4回」遭遇したことがあるといいます。
「人と自然がどうやって共存するのか、新しい現代の視点でもう一回見直さなきゃいけない時代に入った」
赤池さんが通う遠野では、熊被害が多く報告されています。しかし彼らが活動するエリアでは、定期的に人が山に入り、大勢の声があるせいか、ここ最近熊を見かけないといいます。一方、都市部に出没する「アーバンベア」と呼ばれる熊は、人間のそばに栄養価の高い食べ物があることを学んでいるのではないか、といわれています。
「友人の中には、怖くて散歩もできないという人もいます」
まさに、私たちの暮らしと熊の生存ニーズがせめぎ合っています。

今日森のことを考えましたか?


ここで貝沼さんが、赤池さんに教えていただいた好きな言葉として紹介したのがこの一節でした。
「人が関わらないから自然が豊かにあるわけじゃなくて、人が関わるからこそ豊かな自然もある」
参加者の表情が変わりました。

赤池さんはこれをきっかけに、さらに興味深い研究結果も紹介しました。
人口が減少し土地が無人化すると生物多様性は戻ると思われがちですが、そう簡単には戻らないことがわかってきています。廃村の10年後を調査したレポートでは、複数の地点でススキなど強い植物が繁茂し生物多様性が劣化していました。
里山には田んぼやため池など人によってつくられた多様な地形・土壌があり、そこに多種多様な生き物が生息します。人がいなくなると、そうした環境が変わり里山の生物多様性は劣化してしまうのです。


漆器「めぐる」で味わう一汁一菜

トークの後、グループごとに学びを共有し合い、漆器「めぐる」で一汁一菜をいただきました。
土屋さんのお米「ゆうだい21」の塩おにぎり(徳之島オーガニックソルト使用)
会津味噌と酒粕の鮭のアラ汁(奥会津の目黒麹店、喜多方・笹正宗酒造の酒粕)
出汁昆布の佃煮(徳南製糖の黒糖使用)
春菊と柿の白和え
すべて会津や徳之島の特別な食材。漆器で食べるごはんの味わいに、参加者からは感嘆の声が上がりました。


15年の時間軸が生み出す豊かさ

この会を通じて見えてきたのは、消費者と生産者、都市部と地方という枠を超えた「互いに学び合う関係」への共感でした。
一見バラバラな耕作放棄地、国産漆、熊対策——それらが漆を植えることで一つにつながります。遠野の「いのちを還す森」とつながる「還す」哲学。長い時間をかけて育てる豊かさを分かち合い、100年後の景色を一緒に創る——これが、猪苗代漆林計画が示す循環型の未来です。

参加者からは
「タイトルの『米と、漆と、熊?』の意味がよく分かった」
「2つのテーマに共通する境界での折り合いが人ならではの営みだと感じた」
という声が届きました。

なかでも、赤池さんが語った言葉が印象的でした。
山をつくっている人は大抵33年でひと巡りということがあるんですが、それと比べると漆の木は15年とわりと短くて、子どもが高校を卒業するくらいになるかなという時間で巡るわけなので、一つの世代で次にバトンが渡せるんですよね

漆器を使うこと——それは15年後の会津への関わり方です。今日使う器が15年後の漆の需要を生み、農家を支え、耕作放棄地を漆林に変え、熊との境界をつくる。一つの選択が、複数の課題にアプローチする循環に組み込まれます。

器からでも、漆からでも、地域からでも——どの入口から入っても、そこには豊かな世界が広がっています。
あなたは、どの入口から参加しますか?

会の終了後もまだまだ話は尽きず・・・会津のお酒をお伴に夜遅くまで懇親会が盛り上がりました。


プロジェクト情報

猪苗代漆林計画(いなわしろ うるしりん けいかく)
福島県会津地方、猪苗代湖と磐梯山に囲まれた里山で、漆の木の植栽・育成活動に取り組む団体。2022年より構想スタート、2023年より植栽を開始。
公式サイト:https://inawashiro-urushi.jp
Instagram:https://instagram.com/inawashiro_urushi/
めぐる/めぶくオンラインストア:https://meguru.stores.jp/

ハヤチネンダ「いのちを還す森
岩手県遠野市で取り組む、生前参加型の埋葬プロジェクト。
公式サイト:https://hayachinenda.org/life_forest/index.html


参考資料
文化庁「国宝・重要文化財建造物保存修理における国産漆使用拡大に向けた取組について」(平成27年2月)
林野庁「特用林産物の動向(漆)」『令和6年度 森林・林業白書』
森林総合研究所「国産漆の動向」(2023年3月)


執筆・編集 ミヤタハルカさん
フリーランスのライター・編集者・クラウドファンディングサポート。茨城県大子町地域おこし協力隊として和紙の原料となる大子那須楮(こうぞ)の継承に関わる。「greenz.jp」編集部インターン、大手クラウドファンディングプラットフォーム運営会社を経て独立。「作文の教室」アシスタント講師も務める。茨城県出身、実家は梨と米の専業農家。

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