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【めぐる誕生10周年記念座談会】「人も、器も、育っていく…10年後の現在地とこれから(前編)」

2025年12月8日読み物 


2015年に誕生した漆器「めぐる」は、今年(2025年)で10周年を迎えました。
これまで私たちの活動をお支えいただき、めぐるの漆器をご愛用いただいている多くの皆さまのおかげで10年間続けてくることができました。心より御礼申し上げます。
この度、10周年を記念して、「めぐる」の製作・運営チームが集まり、開発期間も含めると10数年間におよぶ時間を振り返る座談会「人も、器も、育っていく…10年後の現在地とこれから」を開催しました。
今回はその前編となります。タイトルは、「会津の漆器職人とアテンドとの出会い。漆の器にこめた想い」。「めぐる」の原点のようなお話になりますので、是非ご覧いただけたら幸いです。文章は、編集者/ライターの関川香織さんです。

ダイアログ・イン・ザ・ダーク アテンド 会津 漆器 めぐる


めぐる誕生10周年記念座談会
【人も、器も、育っていく…10年後の現在地とこれから

前編:

会津の漆器職人とダイアログ・イン・ザ・ダークの
アテンドとの出会い。そして、漆の器にこめた想い。」

「人も、器も、育っていく」
このことばは、詩人・三角みづ紀さんが書かれた「めぐるの詩(下に掲載)」のタイトルです。めぐるが誕生したときからずっと変わらない、キャッチコピーでもあります。
それは、人の手で丁寧に生み出された漆器が使う方の手に渡ることで、暮らしの中で人の感性が育ち、そのことでまた次の世代の作り手が育ったり、漆の木が育てられたりするという、自然と人とが巡って育ち合う姿をあらわしたことばでした。
会津で「めぐる」を作り続ける4人の漆器職人、木地師の石原晋・荒井勝祐、塗師の吉田徹・冨樫孝男と、ダイアログ・イン・ザ・ダークのアテンド、みきティ(川端美樹)、そしてダイアローグ・ジャパン・ソサエティ代表の志村季世恵、そして、「めぐる」総合プロデューサーである貝沼航が、この10数年間を「対話の森」で振り返りました。
前編では、職人とダイアログのアテンドたちとの出会い、そして漆器にこめた想いを対話します。前編では、職人とアテンドの出会い、そして漆器にこめた想いを対話します。
文:関川 香織

めぐるの詩 ダイアログ・イン・ザ・ダーク アテンド 会津 漆器 めぐる

めぐるが誕生するまでのこと

ダイアログ・イン・ザ・ダーク 代表 志村季世恵 以下(志村)
みきティたちダイアログ・イン・ザ・ダークのアテンドが、初めて漆器職人さんたちの工房を訪れたときのこと、よく覚えています。職人さんたちが温かく見守ってくださいました。それがとてもありがたかったです。
あのとき、視覚障害者との新しい漆器づくりについて、皆さんはどのように受け止めてくださったのでしょうか。アテンドたちは、木地を叩いて音を聞いたり、器に頬ずりをしてみたりしたので、びっくりされたのでは。

ダイアログ・イン・ザ・ダーク アテンド 会津 漆器 めぐる

塗師・吉田徹、以下(吉田)
実際お会いしてみて、普段、接している方たちとは違うアプローチの仕方でしたが、器を全身で感じようとしているんだなと、よくわかりました。

ダイアログ・イン・ザ・ダーク アテンド 会津 漆器 めぐる

木地師・荒井勝祐、以下(荒井)
私も同じく、戸惑いはなかったです。感じる方法が、手であったり、指先であったり、頬であったり。自分たちにないような感覚で感じようとするんだな、と。
そして、材料を最初に手で触ってもらったときに、一回伝えただけで、次に触った時には、これはトチ、これはケヤキ、これはミズメと樹の種類が分かるというのもすごいな、と思いました。

ダイアログ・イン・ザ・ダーク アテンド 会津 漆器 めぐる

(志村)
たしかに、あれはすごかったですよね。

塗師・冨樫孝男、以下(冨樫)
自分の場合、触ることで感じているんだということについて、みきティたちと会った後で、今度は自分がダイアログ・イン・ザ・ダークの暗闇の中に入って体験してみたときに「こういうことだったのか」と、初めてわかりました。
あのときの経験が実は、今でもすごく残っています。アテンドの皆さんが自分の器を隅から隅まで手で触って頬ずりしている様子を見て、すごいなと衝撃を受けて、今でも新作のかたちが出来上がったら、目をつぶって、アテンドの皆さんと同じように撫で回して確認することがこの10年、恒例の儀式のようになっています。
考えてみると、本当に美味しいものを食べるときは思わず目をつぶって味を感じるし、音楽でも目をつぶって聴き入るのに、"かたち"に関しては、目をつぶって確認することはしないのは逆におかしいなとさえ思うようになりました。

ダイアログ・イン・ザ・ダーク アテンド 会津 漆器 めぐる

(志村)
そうだったんですね!それは嬉しいです。最初のときにも職人の皆さんにダイアログの暗闇に入っていただきましたね。懐かしいです。
石原さんはあのとき少し心配だったけど、そのあと「よくわかった」とおっしゃってくださったことに、私は感動したんです。

ダイアログ・イン・ザ・ダーク アテンド 会津 漆器 めぐる

木地師・石原晋、以下(石原)
最初はね、すごく良いプロジェクトに参加させていただいて、これは職人の腕が試されるなと、ちょっと緊張もあったんです。皆さんがおいでになる前はね。
でも、皆さんと実際にお会いして話ししているうちに、「自分たちと感覚が違うところはあるかもしれないけど、これはある意味、自分がやってきたことのままでいいんだな」とわかったんです。それからは、ただただ楽しくやらせていただきました。
それがもう10年、あっという間でびっくりします(笑)。

ダイアログ・イン・ザ・ダーク アテンド 会津 漆器 めぐる

ダイアログ・イン・ザ・ダーク アテンド・川端美樹、以下(みきティ)
ほんとうにあっという間でしたね。
今でも鮮明に覚えているのが、会津にお邪魔して、会津漆器を使って郷土料理の「こづゆ」をお椀で一口いただいた時のこと。
漆器を伝って、おつゆがとろんと口の中に入ってきた時の、あの衝撃が忘れられなくて。それまでは、いつも何気なく、ただ「美味しいな」と思うくらいにしか味わってなかったと気づいたんです。でもこれまでの感覚を全部超えて、おつゆと器が一体になって私の感覚に働きかけてくれることを実感しました。
手で器全体を持った時の温かさ、器に口を当てた時の木と漆の温かさ。そこからおつゆが自分の中に入って、実際に味わっていく感覚が、本当に衝撃でした。
こんな風に食事を豊かにさせてくれる器があるんだ!ということを、日本にいながらわかっていなかったんだなって。これまで受け継がれてきた伝統と日本の芸術と、それが実際に成立した時の衝撃というか、感動したんです。

ダイアログ・イン・ザ・ダーク アテンド 会津 漆器 めぐる
ダイアログ・イン・ザ・ダーク アテンド 会津 漆器 めぐる

(石原)
今のことばに私も感動しました。私たちが作っている物は生活の道具ですから、普通はそこまで着目してもらえないんだけど、そういう風に感じてくださったっていうのは、職人冥利につきます。
器は、日頃の人との付き合いと似ていると思っています。いい距離っていうんですかね、器と人との。日本人には昔からそういう関係があったんだなと。漆について研究している方の話で、漆は日本人とものすごく密接な関係があって、日本人の優しさすべてが、その中にあらわれた形になったものだ、と聞きました。
こうしたことを、皆さんに知っていただく機会がもっと増えれば、と思っています。

(志村)
本当にそうですねぇ。そう思うと、一緒にめぐるをつくってきた10年間で、いい意味で育っていったと思いますね。


現役世代の方々と共に「めぐる」を作りたいと思った

(志村)
貝沼さんは、アテンドと出会わせたいと思う職人さんたちを、どういう観点で選んでくださったんですか?

プロデューサー・貝沼航、以下(貝沼)
そうですね。「めぐる」は次世代に繋いでいくというコンセプトだから、現役世代の方と一緒にやっていきたいと思っていた、ということが一つです。しかも幸運なことに、会津漆器産地を代表する最高の技術と実績を持った作り手さんにお願いすることが出来ました。
もう一つは、アテンドの方たちの話を聞きながら形を作っていくという未知のチャレンジなので、もともと自分の作品を作る人、新しいものを生み出すチャレンジを一緒にしてくださりそうな方を、と思っていました。
そういう意味で皆さん4人とも、作り方も素材の見極め方も素晴らしい方々です。
また、その先の世代へのバトンタッチができたらとも意識していたので、お弟子さんを育てていらしたり、息子さんとお仕事してらっしゃったりする方をと考えました。
そう考えていくと、この4人しかいなかった。…そうだったなって、今また思い出しました。

(志村)
そうでしたか。新しいものを生み出すチャレンジする職人さん。

(荒井)
冨樫くんと吉田くんは新しい作品を作ったりしていますね。私の場合はお客さんからの受注だけで手一杯で、新しい作品をつくる時間をとれなくなっています。でも、受注先のお客さんから、これまでにないようなものを「できますか?」といわれると、「できない」と言うのはいやでね。「できますよ」と言って、今までにないやり方を模索して創り出しています。

ダイアログ・イン・ザ・ダーク アテンド 会津 漆器 めぐる

漆器がもつ安堵感

(荒井)
先ほど石原さんも話していましたが、私たちが作っているのは生活の道具なんですよね。使いやすくて当たり前。ですが、それだけではなくて。
たとえば、仕事から帰ってきて、味噌汁を温めて自分のお気に入りの器で飲むとか、自分の木製のコップでお酒を飲んだときとかに、言葉では表せないような、安らぎ、安堵感がある。やっぱり漆器というのは、そういうことを求めている人には必要なのかなと思っています。
漆器でなくても代用できる器はたくさんあります。でも、ことばで言えないような安らぎというものは、漆の器が一番じゃないのかな。さっき、みきティが言っていたこともよくわかります。

ダイアログ・イン・ザ・ダーク アテンド 会津 漆器 めぐる

(貝沼)
漆器は、バブル期のころにはステイタスの象徴のようになっていたこともあるけれど、長く「めぐる」をやっていると、漆器の魅力は経済的な豊かさとはまた少し違った尺度のものだと感じるようになりました。
体や心が少し弱っているときに漆器で食べるだけで、なんだか自分を大切にしている感情がわいてくる。ただ食べ物を乗せられたらそれでいい、という器ではなくて。
うちには今、小さい子どもがいますが、子どもだからどんな器でもいい、ではなくて、小さい子だからこそ漆器で味わった方が、情緒や仕草といったことも安定すると思うんです。
漆器とは縁遠いと思われているような方にこそ、心の安らぎを求めているところにこそ、ほんとは届けたい器だと思います。

(志村)
本当にそうだなと、あらためて思います。
柿沼忍昭和尚※は「器を扱える人が、人を扱えるんだ」とおっしゃいます。器の丁寧な扱いを見ていると、人に対してどうなのかがよくわかる、と。ほんとうにそうだなと思います。
子どもの頃から良い器を持たせてあげるのは、この器が好きだから丁寧に扱いたいと思う気持ちを育てることなんですよね。
皆さんのおつくりになったものには、数々の家庭の、その物語が全部入ってるのだろうと、思うんです。

※柿沼忍昭(かきぬまにんしょう)和尚:静岡県函南町にある曹洞宗渓月山長光寺の住職。「めぐる」の開発段階でたくさんのアドバイスをいただきました。三つ組の器にすることのヒントとなった、禅の修行に用いられる「応量器(おうりょうき)」について教えてくださったのも柿沼忍昭和尚でした。

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会津の古い料理屋にて、職人さんに禅の器について解説をする柿沼忍昭和尚(右)

「理にかなっている器」であること

(貝沼)
「良い器ってなんですか?」と聞いた時に、冨樫さんから教えていただいた言葉でずっと覚えていることがあって。「理にかなっている器」と答えられたんですよね。

(冨樫)
それは師匠の言葉ですね。器だけでなく、工房も含めてすべて「理にかなっている」ことが大事だと教えられました。それは、故意にデザインして無理やりつくられた形状ではない、ということ。この口の大きさだから、足はこの高さだということだとか、技術もそうです。こういう木だからこういう下地をしなくては、と言われました。

(貝沼)
めぐるでも、それを守り続けてきたということですよね。

(冨樫)
そうですね。そして自分がオリジナルをつくるときにも、大事にしているところですね。理にかなったという意味でいうと、つくる時の手の動きの無駄のなさにも繋がってくると思います。

***後編に続く***

後編では「めぐる」が誕生してからの10年での変化したもの変わらないもの、またこれからについて対話します。お楽しみに!(1月中旬公開予定です。)

ダイアログ・イン・ザ・ダーク アテンド 会津 漆器 めぐる


下記の記事では、「はじまりのはじまり編」として、「めぐる」が誕生した最初のきっかけについてお話ししています。こちらもよろしければご覧ください。

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